すべてを知ることなんて,できるわけないことはわかっている。でも,知っていることなんて,あるのかな?
ブラジルの国会議員が,アプライド・デジタル・ソリューションズ社の,128文字分の個人情報のデータを登録できるベリチップ(写真)の体内埋め込みを志願している。医療と犯罪防止のために売り出されるベリチップは,多くの期待と不安が寄せられている。
僕は彼女のたくさんのことを知っている。本当に嬉しいときにみせる表情,本当に本当に悲しいときにみせる表情,人目に触れることのない身体,その感覚。でもね,彼女がいつもと違う色の口紅をして,いつもと違う眼鏡をかけていたとき,僕たちはまったく知らない,今までに一度も出会ったことがない人同士のように,すれ違って,気付かずに,離れていった,そのまま時は永遠に過ぎ去るかのように。
そこで思った。僕が知っていて,彼女と認識する彼女は,彼女と呼べるものではないんぢゃないか,と。もっと確実に彼女と呼べるものはなんだろう。なんなんだろう。128文字のデータによる体内チップは,それと呼べるかもしれない。割り当てられたグローバルIPアドレスは,それと呼べるかもしれない。そしたらつまり,ぎゅっと彼女を抱きしめても,彼女の128文字もIPアドレスも知ることができない,ということはどういう意味を持つのだろうか? 僕は,彼女の,なにを知っているのか? なにわ,知ることができるのだろう,か?
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